耳の後ろが熱く、脈打つ自分の鼓動が聞こえてくる。
呼吸の仕方を忘れたかのように、息が荒くなる。
必死になって落ち着けようとするけど、頭で考えるように上手くはいかない。
何か言わなければ……何か……。
焦るほどに心拍数はどんどんと上がっていく。
「桜音さん、なにか用?」
夕陽で真っ赤に染め上げられた教室では、数人の女子が一人の女子を囲
んで汚い言葉を投げかけていた。明らかにイジメの現場だった。
TVドラマとかで見たことはあったけど、リアルにあるものだと思っていな
かった。それもこんな身近で……。
「教室に入ってきてからさ、じっと私達を見ているんだけど、この子に用があ
るの? それとも私達に用があるの?」
彼女達に囲まれている鈴木さんの怯える瞳が、私に向けらていた。
彼女とは別に友達でもないし、すぐに人の悪口を言うし、平気で約束も破る
噂もある。『好き?』かと言われれば、キライなタイプだった。
黙り込んでいる私を無視して、イジメは再開された。
鈴木さんのすすり泣く声が聞こえてきた。
見ない振りすることも出来たし、愛想笑いして逃げ出すことも出来た。
でも私の口から出たのは、自分でもびっくりするほど大きな声だった。
「やめなさいよ!」
その声に彼女達は一瞬で凍りついた。
何か恐ろしいものを見るような表情で、彼女達は私を眺めている。
それはそうだろう、比較的クラスでもガリ勉タイプのおとなしい女の子が、
突然大声を出したのだから。
沈黙の空間がゆっくりと過ぎていく。
だけど私がどういったタイプの人間か、ようやく思い出した彼女達は、次第
に怒りの表情へと変わっていった。
「はぁ? 桜音、どういうつもりよ?」
「桜音、鈴木をかばうつもり?」
「へぇ〜、あんたも同類ってことなんだ」
ここまで来たら引き下がっちゃダメだ。
私は正しいことを言っただけ。引き下がると後悔だけが残るもの。
「こんなのよくない」
「よくない? なんであんたにそんな事言われなきゃならないの?」
「格好つけてどういうつもり?」
「あんたもイジメて欲しいの?」
「え? イジメる? 私をイジメるの?」
突然、私は頭が真っ白になった。
凄い音が教室内に響き渡り、気がつくと、私は目の前に居た高橋という女子
の頬を、平手で力一杯叩いていた。
「あなた達、自分が何をやっているのかわかっているの!?」
あまりの驚きで、誰も声が出ない。
彼女達に詰め寄った。
怯えたのか、それとも虚勢を張ろうとしたのか、目の前の高橋という女子は
私をキッと睨みつけた。
「何すんの……」
パンッ!!
私は思わず、もう一度彼女の頬に平手を打ちつけた。
「……いたっ……うっ……」
予想もしていなかった二度のビンタに、驚きを感じたのか、彼女の目には、
涙が浮かび上がった。
そして頬を押さえ、無言のまま教室を飛び出して行った。
「あ……ちょっと、ゆうこ!」
呆然とその光景を見ていた女子達も、慌てて彼女後を追って行った。
「あ…あの……」
予期せぬ展開についていけず、ぼんやりと立っていた鈴木さんが、
私に声をかけてきた。
「あの……ありがとう……」
「え……? 」
私はといえば、なぜあんな行動をとったのか、自分でもわからない。
だからなぜ御礼を言われているのかわからない。
鈴木さんは、もう一度、頭を下げて御礼を言った。
「ありがとう」
「私、そんなんじゃないから……」
私はそう言うと、逃げるようにして教室を飛び出した。
恥ずかしくって、不安で、苦しくって……
ただただそこから
逃げ出したかった。