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初めての光景
「……もう、私に話しかけないで!」
瞳に涙を溜めて、親友の香織が私にそう告げた。
「……え?」
意味が分からなかった。
香織が放った言葉が、自分に向けられていることが理解できなかった。
冷たい眼差しで私を見つめている香織。
思考がぐるぐると回っていて事態が把握できない。
香織、何を怒っているの? なぜそんな目で私を見るの?
「私……バカみたい……っ!」
そう吐き捨てると、香織は振り向きもせずに教室を飛び出して行っ た。
私はたった1人、教室に取り残されてしまった。

数日前に、香織の彼氏が私に言った言葉。
「実はさ、オレ、香織のことあまり好きじゃないんだ。
  本当を言うと、君の事が……」
最後の言葉を聞かずに私は逃げ出した。
聞きたくないし、彼の無神経さに無性に腹が立った。
でも香織は知ったんだ。そして誰にも話さずに、この数日ずっと悩み続
けていた私の不安が現実となった。
こんなことなら、あの時、断るべきだった。
『楓、私……好きな人ができたんだ……協力してくれる?』
そう言った時の香織は、耳まで真っ赤にして、彼宛のラブレターを私に
手渡した。
『お願い、彼に渡してくれない、親友の一生のお願い』
これまで見た事の無い香織の輝くような笑顔や、はにかみながら彼の
事を話す可愛さに、私は思わず『うん』と答えてしまった。
話題が少ないし、恥ずかしいからと言って、デートの付き添いを拝みな
がら頼み込む香織を断りきれなかった。
三人でのデートという不思議な空間で、私は出来る限り、香織の事を話
題にして懸命に仲を取り持とうとした。
人と話すのがあまり得意じゃない普段の私から想像できないほど、たく
さんの事を話し、笑顔を浮かべていた。
なぜなら私にとって香織は、かけがえの無い親友だったから。
中学校に入って初めて声をかけてくれたのも香織だし、何度も一緒に
ショッピングも行ったし、夜遅くまでお互いの家で漫画を読んだり、食事
をしたりして笑い合った。
友情って変わらないものだと信じていた。
だけど、それは彼のたった一言で終わりを告げた。

「でも仲直り出来ると思う。だって私が彼のこと何とも思っていないこと
  香織も知っているし、香織とは親友だもん」
私の言葉を聞いて母はこう答えた。
「そうね、仲直りは出来ると思うわ。だけど昔とまったく同じようにはなら
  ないわよ」
「それどういうこと?」
「香織ちゃんは恋をしたの。もちろん友情も大切よ。だけどその両立って
  本当に難しいことなの。あなた達の失敗は、二人の友情をそのままに
  しながら、恋もしようと頑張ったこと」
「だってそんなの出来るわよ絶対」
その時の母の表情が忘れられない。
優しく微笑んではいたけど、どこか寂しげで、思わず切なくなったのを覚
えている。
「さあどうかしら、あなたは寂しがりだから、きっと思 い出を選んでしまう
  かも」
前に踏み出す勇気が無いということなの?
それとも過去の思い出にしがみついてしまうことなの?
あの時、意味を問いただしたけど、教えてくれなかった。
そして母は亡くなり、永久に答えを聞くことができないし、今もなお 私は
その言葉の意味をわからずにいる。

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