夕方から降り始めた雨は夜遅くになっても、しつこく残っている。
ワシは馴染みのバーで友人が来るのを待っていた。
新宿淀橋署に籍を置く警部、熊野参造……
それがワシの名前だが、彼は親しみを込めて“熊さん”と呼ぶ。
「熊さん」
約束の時間通り、彼――神宮寺君が姿を見せた。
「元気そうで何より。仕事の方はどうかね」
「相変わらず景気は悪いが、なんとかやっているよ」
カウンターに並んで座り、軽くグラスを合わせる。
その時、神宮寺君の手首にサポーターが巻かれているのに気がついた。
「その手……痛めてしまったのか?」
「ああ、夕方にちょっとな。
猛スピードの車と接触しかけた時にブロック塀に手をついたんだ」
その車との距離を親指と人差し指で示す。
それは至近距離といっても差し支えのない距離だった。
「危ないことに首を突っ込んでいるんじゃないだろうね」
「今のところは大丈夫だ。ああ、そうだ。
その車だが、盗難車らしい。このナンバーなんだが……」
神宮寺君は手帳に車のナンバーを書くと、それをちぎってテーブルの上に置いた。
「何か情報があったら連絡をくれないか」
「それは構わないが……今回はどんな依頼なんだね」
「詳しいことは話せないが、ちょっとした身辺調査だ。よくあるケースだよ」
「君がそういう言い方をする時は、
大きな事件に発展することが多い気がするのだが……ワシの気のせいかね?」
ワシの言葉に神宮寺君は苦笑する。
気心の知れた友人と飲む酒は美味く、時間が流れるのを早く感じていた。