オレの手帳から落ちた一枚の古い写真。
「写っているのは弘樹さんと子供の頃の裕太か。この女性は……?」
写真を拾った神宮寺さんが、オレに問いかける。
「あ、えーと……」
受け取った写真を手帳に戻しながら、どう答えたものかと返答に迷った。
写真の女性について、隠すほどのことでもないが説明するのはやや面倒臭い。
「親父の知り合いの人です。一時、ウチの工場にいたことがあって……」
「そうか」
そう口にしながら、当時のことが胸を過ぎる。
写真の女性の名は早苗さん。
一緒に写っている子供は比奈。
彼女たちと過ごした日々は……温かな思い出として、オレの中に残っている。
「あの頃が一番楽しかったかもな……」
「裕太?」
「あ、いえ、何でもないです!
それより、神宮寺さんのケガの方はどうですか?まだ痛みますか?」
「いや、もう何ということはない」
神宮寺さんに車が突っ込んだと、オレが慌てて御苑さんに報告してしまった一件。
今のところ、事件と断定することはできないと神宮寺さんは言っていた。
「せっかく神宮寺さんに来てもらってるのに、決定的な事は起こらないですね。
やっぱり、悪戯だったのかな」
「それならいいが、調査終了までは油断せずに調べを進めよう」
「そうですね。あー、でも、神宮寺さんが来てくれるのも、あと数日かあ。寂しくなります」
下町の工場という代わり映えのしない生活の中で、私立探偵という存在は新鮮だった。
神宮寺さんは軽くオレの肩を叩く。
「探偵がいる生活より、いない生活の方がいいに決まっている」
「ははっ、そうですね」
神宮寺さんと会えなくなるのは残念だが、身の安全が確認できれば一安心だ。
親父の血圧もこれで少しは下がるだろう。
そう思っていたのに。
親父との別れ、彼女との再会……平穏とは程遠い日々が、オレを待っていた……